会長挨拶

私たち真声会の存在意義

京都市立芸術大学音楽学部同窓会真声会会長 大村 益雄

 

世界に誇る、日本の伝統文化と伝統芸能を育んできた由緒ある京都に、京都市立芸術大学は存在します。その芸大音楽学部の学部と大学院を卒業した同窓生が真声会を組織しています。京都は「いにしえ(古)の花のみやこ」の京都であるばかりではなく、先進的な舶来品(市街電車など)をいち早くとり入れてきた京都でもあります。進取の気風に富んでいるのみならず、首都が東京へ移ってからも反骨精神は旺盛で、独創的な文化の土壌は久しく受け継がれてきています。

京都芸大音楽学部は、すでに半世紀を超える歴史を持つことになりました。戦後(1945年)まもなく、当時の占領軍(GHQ)の許可を得て、堀川高校音楽コースが生まれ、その後、京都に公立の市立音楽大学(発足当初は短期大学)が設立されました。創学時(1952年)、錚々たる教授陣を迎え、授業内容が大いに期待されたこともあって、最初の入学生は、当時の堀川高校音楽コース(現、京都市立音楽高校)卒業生、音楽コース卒業後2年間の専攻科を修了された方、また総合大学を卒業されてから再度、市立音楽大学に入学された方、さらには他の大学を卒業し、社会活動をされてから入学された方、など、すべて音大では同学年でした。社会経験、年齢層など、多岐に亘り変化に富む学生でした。そして1969年に京都市立芸術大学音楽学部となり、1986年に大学院が設置されました。1学年の学生数は約60名で少数精鋭主義です。現在、最も高齢の卒業生先輩は、80歳代で、なお社会的に広く活躍をされております。

私は第1期の入学生です。学生時代の思い出深い授業の一つとして斎藤秀雄教授の講座がありました。ピアノ科の学生、または、弦楽科の学生を一人選び、今、練習している曲を弾かせて、色々な演奏の仕方、表現の仕方、曲の解釈の仕方を実際にやらせてみせるというものでした。その当時、実技を指導している先生には、ヨーロッパ風の自分流儀の曲の解釈を教えるという風潮があったため、斎藤教授の、システマチックで、しかも、学生自身が考え出さねばならないような曲の解釈法や表現法を、けむたく思った先生もあったようです。しかし、これを受講した学生が、自己を主張するための音楽表現の在り方について、多くのことを学んだことは間違いありません。もちろん50年以上前の話ですから、今は、もっと違った形で、自己個性表現のための授業が行われています。だからこそ、優れた卒業生が数多く輩出されているわけで、京都芸大の今後の動向に、大きな関心が寄せられている理由もここにあると思われます。

歴史の積み重ねと共に、京都芸大音楽学部卒業生の役割は大きくなってきています。卒業生お互いの交流、親睦、発展に役立つと共に、学習している学生に役立つこと、教えている教員として役立つこと、さらには、芸大そのものの更なる発展に貢献するという重大な役割を担っています。卒業生は、そのために、自らの音楽活動や社会活動に加えて、社会周辺の音楽グループ、関連機関にも配慮し、それらを幅広く、声援、応援していくことが必要です。

自己意識のある人間にとって、「自分は、自分の人生を、どう生きるのか」が、大切であるのと同じように、個性ある人間を養成する機関である京都芸大音楽学部は、今はどうあるべきか、将来はどうあるべきか、どのような卒業生を輩出すべきか、など、あるべき姿を、常に追求していくことが大切です。理念、ビジョンが大切なのです。あるべきビジョンは直ぐには実現できないかも知れません。しかし、そのビジョンを持つことが、将来の大学を方向付け、発展させる原動力になります。在学生も、そのビジョンがあれば、自らを考えて、自分なりの方向付けができるようになります。卒業生の同窓会である真声会は、京都芸大の教育者、在学生と共に、個々の人間形成と、その成長、発展に貢献していかねばなりません。

真声会活動の基本は次の3つだと思います。

1)先輩は後輩のために、後輩は先輩のために、音楽活動と社会活動の立場から、お互いに良い刺激を与えること。

2)京芸卒業生は、協力して社会に働きかけ、自らをアピールすると共に、京芸の社会的価値と認知度を高めること。

3)卒業生は、母校京芸の更なる発展のために協力すること。

そのため、真声会の運営は、幅広い年齢層の人々の意見が這入りやすいシステム(運営組織)にして、 各自の分担を決め、実行可能なものはそれぞれが責任を持って実施することが必要です。そして、京都市立芸術大学音楽学部卒業生同窓会「真声会」の活動を、皆の力で、その存在意義を明確にし、さらに有意義なものへと高めていきたいと思っております。

2010年9月10日